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Q. 福島原発事故は1960年代の大気圏内核実験よりひどいのか?

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A. Yes。

大気圏内核実験の場合

 1950~1960年代には米ソを中心に大気圏内核実験が盛んに行われた。特に大気圏内核実験を禁止した部分的核実験禁止条約(大気圏内核実験の禁止)が1963年8月に調印されたため、その直前が最も激しかった。当時、世界中に核実験でまき散らされた放射性物質(死の灰)が降り注いでいた。東京の高円寺にあった気象研究所の観測によれば、セシウム137の降下量は、ピークだった1963年6月(1ヶ月間)で550Bq/m2、1963年(1年間)では1,924Bq/m2を記録した。

 ちなみにチェルノブイリ事故後の1986年5月には100Bq/m2程度で、翌月には30分の1未満に収まったので、いかに大気圏内核実験が世界的に見て深刻なものだったかも分かる。
人工放射性物質(死の灰)の降下量
図:人工放射性物質(死の灰)の降下量
出典:1.人工放射性降下物(死の灰のゆくえ)
解説:一番上の目盛り 106=1,000Bq/m2、二番目の目盛り 105=100Bq/m2(以下、目盛りが1つ下がるごとに値が10分の1になる=対数目盛という)。●がセシウム137、○がストロンチウム90(いずれも放射性物質)
参考:降下セシウムは核実験時代の3倍 「早く沈静化を」と専門家 – 47NEWS(よんななニュース)

今回の場合

 では、今回の福島原発事故ではどうだったのか? 文部科学省より、2011年3月・4月分の放射性物質の降下量(フォールアウト)を算出した資料が発表されている。都道府県別に集計され、ヨウ素131とセシウム134,137以外の放射性核種(元素)についても情報が掲載されている。
参考:環境放射能水準調査結果(月間降下物)(平成23年3月分、4月分、平成22年3月分)(PDF)

 2011/7/27 2011/8/30に文部科学省が発表した「土壌汚染マップ」から引用する。
航空機モニタリングの結果(セシウム137の蓄積量)2011/08/02時点に減衰補正
出典:文部科学省及び茨城県による航空機モニタリングの測定結果について(PDF)

 なお、より詳細な情報については、2011年6~7月に公表された(2011/8/30に結果が修正された)下記のマップを参照してほしい。
参考:文部科学省による放射線量等分布マップ(放射性セシウムの土壌濃度マップ)の作成結果を踏まえた航空機モニタリング結果(土壌濃度マップ)の改訂について(PDF)
参考:文部科学省(米国エネルギー省との共同を含む)による航空機モニタリング結果 | 文部科学省

 これらを見ると、1963年の東京(1.9kBq/m2)と比較して、たとえば東京都新宿区で4.4年分、山形市で5.5年分、茨城県ひたちなか市で10年分、栃木県那須塩原市で30年分以上、郡山市で50年分以上、福島市で150年分、飯舘村で1,500年分が主に2011年3月の数日間で降り注いだことが分かる。ちなみに静岡県は0.3年分に過ぎないが、茶葉からセシウムが検出されて問題になった。

 以上はセシウム137の結果であり、ヨウ素131・ストロンチウム90・プルトニウムなど他の放射性核種の汚染についても注意が必要である(現時点では情報が少ないので、詳細は割愛する)。

核実験の歴史

 次の動画を見れば、核戦争のごとく核実験が繰り返された歴史が一目で分かる。

出典:世界のどの場所でどのくらい核爆発が起きたのかビジュアル化した映像(動画):らばQ

 核実験の回数については、次の表の通りである。
核実験回数 1945~1969年
核実験回数 1970~1996年
出典:核実験 (09-01-01-04) – ATOMICA -



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